吹く風は爽やかで。
緑は光り輝いていて。
―――まだ、太陽はこんなに高くて。
今から、貴方に会える。
ただそれだけの事でいつも見慣れた風景がこんなに輝いて見えるなんて、知らなくて。
待ち合わせの場所だって、通い慣れた場所の筈なのに何だか初めて貴方に会った時のようにドキドキしてる。

―――会ったらまず何を話そう。
何処へ行こう。
・・・・・何だか照れ臭いね。
こんなに明るい日差しの中で会うのは、初めてだから―――。











Tragedy











「あっれぇ、どうしちゃったのよ。―――まだお昼ですけど・・・・?」
店のドアを開け、こちらに向かって来た悟空にカウンターの中から悟浄が告げた。
「そっちこそ珍しいじゃん。この時間はバイトに任せてるんじゃないの?」
カウンターの椅子に腰掛けてから、さすがに昼間は客層が違うなと店の中をきょろきょろと悟空は見回している。
悟浄はといえばそんな悟空の様子を見届けてから、注文を受ける前にすでに当然のようにグラスに烏龍茶を注いでいた。
トン、と悟空の前にグラスを置いて。
「最近のバイトは祭日っつーと休みたがるの。おかげでこっちは昼夜ぶっ通しで働かされんのよ」
昼間は軽食を出すのが主だからどのテーブルを見ても、ほとんどアルコールにはお目に掛からない。
夜間の雰囲気よりも幾分か賑やかで、夜には客の邪魔にならぬよう静かに流れているBGMさえもアップテンポなものなのに違和感を覚えた。
「―――何だか場違いみたい」
「ぁあ?」
「・・・・・なんかこう、―――健全すぎ・・・・」
悟空にとってここは、客との待ち合わせに使用している―――いわば仕事場の一つ。
そんな世界とはあまりにもかけ離れた場所に住んでいるだろうこの店の客層にやはり違和感を覚える。
いや、違和感というよりも。
・・・・・後ろめたさ、と言った方が近いのかも知れない。
悟空自身も、ついこの間まで明らかに向こう側の人間だった筈だ。
気が付けば夜の世界に身を投じ、様々な男を相手にして来た。
ごく普通の社会人などはまだいい方で。
外国人、暴力団―――麻薬中毒の人間。
事に及ぶ前に何やら訳の分からない薬を飲まされて、意識を飛ばし掛けた事もある。

「―――俺から言わせれば」
カウンターの中から僅かに身を乗り出して悟浄が静かに言葉を掛けて来た。
「悟空はこういう光りの中に居る方が、自然だと思うけど」
初めて客を取る、というその夜に。
客である男を待ちながら烏龍茶を流し込むあどけない仕草に・・・・・・・どうしてこんな奴がこの世界に入って来てしまったのか、と。
悟浄はどうにも腑に落ちずにその金目を見届けたものだった。
「何かお作りしましょうか」
少々節目がちに周辺の客達を眺めていた悟空に、気分を変えさせようと悟浄が片目を瞑って尋ねて来る。
「ううん。待ち合わせしてるから、いらない」
「おい、こんな真昼間から仕事か・・・・・?そっちも昼夜ぶっ通し?」
「―――今日は仕事じゃないんだ」
「仕事じゃねぇなら何でここに・・・・」
居るんだよ、と続く筈だった言葉はそこで途切れ声になる事はなく。
ちらっと壁に掛けられた時計を悟空が見やってから僅か十秒後。
キィッと小さく音を立ててその重厚な店のドアが開き、そこから現われた不機嫌そうな紫暗に驚かされたのは悟浄だ。

悟空がその律儀さに思わず笑みを漏らして呟いた。
「・・・・・・ほんと時間に正確・・・・・」
「―――悪いか」
隣の椅子に深く腰掛けて煙草を取り出しつつ低く囁かれたその一言に、あどけない笑みを湛えたままで悟空が首を横に振る。
見た目よりも意外に繊細であり妙なところで几帳面なのだ、この男は。
そんなギャップが、悟空にとってはまた嬉しくもあるのだが。

「・・・・・で、何処へ行きたいんだ、おまえは」
言いつつ煙草を咥え、ライターを取り出した右手を悟空にそっと掴まれた。
それは俺の役目だよ、と目線で訴えて来る。
そのまま三蔵からライターを受け取って、煙草の先端に火を点ける悟空の姿を見届けつつ。

―――やっぱり昼間には似合わねぇ光景だな。

悟浄は心底そう思う。
咥えられた煙草に火が灯るのを確認してから、悟空が口を開いた。
「三蔵と一緒なら何処でもいいよ」
悟空の嘘偽り無い本心だ。
けれどその返答は目の前の男にはお気に召さなかったようで。
「そういうのが一番困る」
眉間に小さな皺を寄せて、心底困惑したように呟かれてしまった。

「・・・・おいおい、ちょっと待ってくんねぇ」
カウンターの二人がまるで自分など無視するかのように会話を勧めていくのに、悟浄が待ったを掛けた。
「あんたら今から―――もしかしてデート?」
怪訝な顔でそう言われるのに、一瞬紫暗と黄金色がお互いを見合わせる。
「デートだよね?」
悟空が確認を取れば。
「・・・・・・違うだろ」
三蔵が切り返す。
悟浄が三蔵の言葉に何かを言い返そうと試みるが、その赤目が何かを捕らえたようでそれが言葉になる事はなく。

「―――仕事以外での個人的な約束は控えて頂きたいですね」
その言葉は果たして悟空に告げられたものなのか、三蔵に告げられたものなのか。
眼鏡の奥の碧眼を僅かに揺らしながら、八戒がその表情は穏やかに二人の背後に立っていた。
しかしその口から発せられる言葉の端々にはやはり小さな棘が垣間見える。
「特にこの場所は人目に付き過ぎます。うちの一番人気なんですから、悟空は。得意客が見たらどう思うか・・・・・」
少しは悟空の立場も考えて下さい、そんな裏の意味を込めて八戒がその紫暗を見据えるのを見て取った悟空がゆっくりと八戒の顔を見上げる。
「三蔵の事は責めないで。俺がここ、指定したんだから」
当たり前のように三蔵を庇う悟空の揺れる金目が切なげでこちらまでいたたまれなくなる。
三蔵の側に回り、その耳元に悟空には聞こえないように小声で八戒が囁いた。
「一体どういうつもりですか。単なる気紛れでうちの大事な商品に手を出してもらっては困るんですけど」

余計なお世話だ。

紫暗の瞳がそう言いたげに細められたのを八戒は見逃したりはしなかった。
案の定、煙草を灰皿の上で揉み消した直後、三蔵が八戒を振り切るように椅子から立ち上がる。
「悟空、行くぞ」
「あ・・・、ちょっと待って」
身を翻し店のドアへと歩く三蔵の後を追う悟空を八戒が複雑な表情で見届けるがそのまま三蔵とともにドアの外へ出て行くと思われた悟空がこちらを振り返り様。
「―――ごめんね、八戒」
そんな言葉を掛けられては溜息を付く以外にはない。
八戒が誰も居なくなったカウンターの椅子に腰を下ろした。
バタンと閉まる店のドアの音を聞き届けた後であまりにも絶妙なタイミングで現われた八戒に、おそらく二人がここで待ち合わせしている事を知っていたのであろうとそんな意味合いを込めて尋ねて来られる。
「どっからの情報よ」
悟浄が疑惑の目を向けて来るのには気付かぬ振りをして。
「・・・・・今の僕、ちょっと意地悪でしたかね」
悟浄に尋ねれば。
「ちょっとなんてもんじゃないっしょ」
遠慮なくそう返されて苦笑が漏れた。


















「やっぱ、凄いや」
ホテルを出て五分程歩いたところで、三蔵の数歩後ろを歩いていた悟空が声を上げた。
「・・・・何が」
素っ気なく返されるのは、いつもの事。
「―――視線。さっきから凄いよ」
ホテルの部屋以外で三蔵と会うのはこれが初めてだから、当然こんなふうに外を二人で歩くのも初めてだ。
先程から痛い程に感じるそれに悟空が金目を丸くさせる。
その横を通り過ぎる人間が、思わず振り返って確認を取りたくなるようなその稀にみる美しい金糸と深い紫暗色。
しかしその実、視線の半分程度は悟空に対して向けられているものである事を自身は気付いていない。
歩く度にさらさらと揺れる大地色の髪と一度見つめられたら視線を二度と外せなくなりそうなその魅惑的な黄金色に魅了される人間に如何に多い事か。
その魅力に本人が全く気付いていないところが、また彼の魅力でもあったのだが。

その性格からやはり抵抗があるのか、それとも照れ臭いのか。
一緒に並んで歩こうとはせずに、自分よりも数歩先を歩くその腕に悟空は抱き付いてみたくなる。
言葉出すのは憚られるけれど、『この人は自分の連れだ』と周囲の視線に誇示してみたくなった。

突然腕に手を通したら、貴方はどうするだろうか。
振り払うかな・・・・・?
それとも―――。
受け止めてくれる・・・・・・?

その愛しい腕に手を掛けようとして一歩を踏み出したその瞬間に背後から掛けられた、声。
「ねぇ、一人で何処行くの?―――俺とどっか行かない・・・・?」
ゆっくりと振り返れば、見知らぬ男がそこに居て自分に微笑み掛けてくる。
最近は、男も女も関係ないんだな、と。
聞かされ慣れた誘い文句に意外に頭の中は冷静にそんな事を考えている自分に何だか苦笑が漏れた。
街の風景が自分の周辺だけ一瞬にして止まったような、そんな感覚に襲われる。
それと同時に悟空の足取りも止まったのは、この男に声を掛けられた所為ではない。。
数歩先を行く愛しい人の足取りが止まったから。

さぁ、貴方は何て言う・・・・・?
俺の事なんて、放って行っちゃっていいよ。
―――俺は貴方の恋人でも、何でもないんだから。

振り返り、煙草を咥えつつこちらへやって来るその身のこなしは驚く程にスマートで、秀麗。
この人はどんな仕草も絵になるな、と心の中でそう呟いた。
素早い動作で自分の横に付き煙草を手にしたその手を肩に回して来られて、驚きながらも嬉しさが込み上げてくる。
「・・・・・バカ。隙見せながら歩いてんじゃねぇよ」
耳元でその低い声で囁かれては身体全体が熱くなる。
声を掛けた男をその紫暗で一瞥し、そのまま細い肩を引き寄せて足早にその前を通り過ぎる。
あまりに優しすぎるその仕草に、悟空が軽く目を伏せた。

そんなに優しくされては勘違いしてしまいそうで。
優しくされて勘違いして、もしかしたら受け入れてもらえるかも知れないと本心から告白したりもしてみたけれど。
―――信じてくれと言う方が所詮無理な話だと自覚する。
今まで一体何人の男に抱かれたか分かりはしない。
そんな自分のの告白などまともに受け付ける方がどうかしてる。

・・・・・・何だか八方塞がりだ。

「あ・・・・・」
小さく漏れた悟空の声に肩に回した手はそのままで、訝しげに三蔵が反応しその金目を見下ろす。
「―――潮の匂い・・・・・」
嗅覚に突然入り混んできた、懐かしいような、優しいような―――心地良い潮風の匂い。
悟空はその匂いをもう一度嗅いでみたくて深呼吸を施した。
「海、近かったっけ」
静かに囁かれたその声は、あまりにも細く切なくて、何かしら危うさのようなものを感じさせる。
動き出した街の風景の中。
悟空の消えてしまいそうな線の儚さに、三蔵の腕に力が込められた事に―――悟空は気付いたのか。
いつもの無邪気で幼いそれではなく、まるで成熟し切った大人のような笑顔が一瞬、浮かんで消えた。



















何年振りに来たのだろう。
繰り返し打ち寄せる波の音と、心地良く肌に触れる潮風が心地いい。
シーズンには少々早い薄い黄金色の砂浜は、人影もまばらだ。
時々散歩に訪れた飼い主と犬が離れた波打ち際を通り過ぎる程度で繰り返す波音以外には雑音すら入って来ない、実に静かな空間が広がっている。
こんなふうに慣れない場所で二人きりになってみたら何を話していいのか分からない。
いつものホテルのベッドの上だったら、仕事の延長の台詞だと偽って。
『好き』
『側に居て』
『愛してる』
何だって言える自分が、仕事を離れると途端に臆病になる。
拒否されるのが怖くて怖くて仕方無い。
ベッドの上では従順に従っていれば、拒否される事はなかったけれど。
こうして地上に下ろされてしまえば、どうしていいか分からない。
こんなに自分が臆病だったとは、正直なところ気付いていなかった。
他人の一挙一動にこんなに敏感に反応する事など、今までには経験のない事だったから。

「三蔵、運転上手いね」
当たり障りのないそんな言葉を口にしてみる。
運転席で器用にハンドルを操作するその姿も、カーステレオに慣れた手付きでCDを滑り込ませるその仕草も初めて見るから何だか新鮮だった。
ハンドルに手を掛けながら煙草を咥えるその姿に見惚れたのも、正直なところ、一度や二度ではない。
「おまえ、免許は」
返された一言に、悟空が首を横に振る。
「帰りはおまえが運転するか。あんなもん、コツさえ覚えりゃ簡単だ」
「・・・・・なんか三蔵が言うと冗談に聞こえないね」
「冗談で言った覚えはないが」
「事故って死ぬよ?」
「おまえと一緒ならあの世行きも悪くねぇな」
―――愛しい人の口から漏れたそんな台詞に、悟空の動きが一瞬止まるのは無理のない話で。
その悟空の仕草を愉快そうに見届けて、三蔵が煙草を下に落としそれを踏み付けて。
「何て顔しやがる。冗談に決まってんだろうが」
返された言葉に、悟空は紫暗から視線を反らして僅かな時間、沈黙する。

・・・・・貴方は冗談で済むかもしれないけれど。
俺の気持ちはどうしたらいい?
貴方の一言一言にこんなに敏感に反応してしまう。
期待して。
裏切られて。
その繰り返し。

「―――三蔵」
悟空の横を一際強い潮風が吹き抜けて、大地色の髪が揺れる。
その金に切なさを湛えて、その言葉は告げられた。

「・・・・・今居る場所から・・・・俺を救い出してくれる・・・・・?」

海の色よりも深い紫暗と砂の色よりも濃い黄金色が―――絡み合う。

そのまま唇を落としたのは、悟空側。
触れるだけの優しく切ない口付けを交わし、潮風に吹かれ僅かに冷えた唇が離された。

『この人を愛してる。・・・・・・他のものはすべて差し出します。この人だけ、俺に下さい』

悟空は心の奥底で普段なら信じる事のない神に、静かに祈りを捧げていた。




















一言コメント
次回引き続きデート編です。
今回のデート、長いです。