「・・・・えっ?一緒に暮らしてるんですか」

驚嘆して発した自分の声が、自分達以外には客の数人しか居ない店内に響いてしまった。
思わず八戒は口に手を当て周囲を見渡すが他の客は気にしたふうもなく食事を続けているようで、ほっとさせられる。
頷いて微笑む悟空のその顔に八戒もつられて笑顔になるが、悟空の先刻の発言には本当に驚かされた。

『三蔵と一緒に暮らしている』、と。
事も無げにさらっと言われてしまったのだから。
そして。
右手で持っていたグラスの中身を喉に流し込んで、悟空はダメ押しとばかりに続けるのだ。。

「俺が押しかけてって、そのまま居ついちゃった感じだけどね」

カウンター越しで料理を作るのに精を出していた悟浄も、手を止めて感心しきりの声を出した。
正直に言えば、他人に構われる事を最も苦手とするあの三蔵が悟空と一緒に暮らしているとは夢にも思わなかったから。

「押し掛けたにしたって、あいつが受け止めたって事だけで凄い事じゃねぇの」
「特別なんですよ、悟空は。他の人とは違うんです」

悟浄の台詞を受けて、コーヒーを一口飲んだ後で八戒がそう返すのだ。ちらりと黄金色の瞳を見つつ。
相変わらず悟空が口に運んでいるものは烏龍茶だったが、その割には何だか頬が赤く染まっているのが見て取れる。
今の八戒の台詞に反応しての事らしい。

まだ、空に太陽は燦々と輝いていて。
たまには一緒に食事でもしようとランチタイムに八戒に誘われた悟空は駅で待ち合わせをし、何軒かの店に立ち寄ってみたのだが、何処へ行っても長蛇の列ですぐに空腹を満たす事はできそうもなく。
きっとここなら空いてるから待たされる事もないだろうと予想して足を延ばしてやって来た。

それにしてもあまりに予想通り過ぎだ。
稼ぎ時の筈のこの時間にこの閑散とした状態は経営上、まずいのではなかろうか。
店内に入った途端顔を見合わせた二人は思わず苦笑したものだった。

「で。今日あいつは仕事?」

悟浄がその手元は忙しなく動かしつつ悟空に聞いて来る。

「うん。でも、そろそろお昼だから、皆で出前でも注文してる頃なんじゃないの」
「そうでもないかも知れませんよ。容疑者を現行犯逮捕してる最中かも」

あながち、有り得ない話ではない、と。
八戒が微笑みを乗せて言うのだ。
まさかね、と悟空が八戒の台詞に返事を返した、ちょうどその頃。
この場所からそう遠く離れてはいない、別な場所で。
今まさに、容疑者の両手に手錠を掛けようとしている、二人の捜査員が居たのである。

















Tragedy番外編
     『初秋』


















静かだったホテルの一室が、二人の捜査員の乱入により途端に賑やかになる。
ベッドのサイドテーブルに置かれた空のグラスが床に転がり、割れた。
抵抗し続ける男の腕を後ろ手にまとめ、動きを封じたのは三蔵だ。

「ったく、てめぇも好きだな。これで何度目だ」

三蔵が呆れたように呟けば、男は軽く頭を掻いた。
少し離れた場所にあるベッドの上には、まだ15、6歳と思われる少女が、着衣を乱された状態で、そこに呆然と座り込んでいる。
その少女に自分の上着を脱いで掛けてやったのは宋捜査員だ。
未成年の売春行為は売った方だけではなく、買った方も罪になる。
―――現行犯逮捕の瞬間。
そして、この男は初犯ではない。
何度三蔵に手錠を掛けられても、どうにも懲りないらしい。

「未完成な身体以外には欲情しないってやつか」

言いながら三蔵が力を込めて腕をねじ上げれば、ようやく相手の無駄な抵抗は収まった。

「おまえ、それ人の事言えねぇだろ」

三蔵の背後に居た宋が手錠を三蔵に渡しつつ告げれば、ちらっとその紫暗が睨みを効かせてくる。
宋の手からそれを受け取り男の手に掛けようとすれば、突然に男から懇願されるから。
三蔵の眉間の皺が、また更に増えて行くのだ。

「玄奘さん、今回は見逃してよ。うちでいいポスト、用意しとくからさぁ」

こう見えてもこの男、東証二部上場の会社の重役だ。
その人脈と有り余る資金源で、今までの件はマスコミ関係に流れるのを何とか押さえ込んで来た。
だが、逮捕されるのも、これで三度目。
今回ばかりは、完全に押さえ込めるかどうか、自信がないらしい。
執拗に、誘いの言葉を掛けてよこす。

「警察官なんて、どうせたいした給料貰ってないんだろ。さっさと辞めてうちに来た方が利口だって。倍額、保証するからさ」
「あ、俺、その話乗った」

宋が片手を上げて半ば本気で答えるのを、牽制するように紫暗に睨み付けて来られるから、宋の手はすぐに下げられる事になる。
残念だが俺はこの仕事が気に入っているのだ、と。
言いつつ何とも形容し難い冷笑を浮かべる目の前の顔に男が一瞬身震いした。
そんな男の表情を見届けてから、形のいい唇が、また言葉を紡ぎ出すのだ。

「中に入ってみて初めて分かった事だが、警察の内情は実に興味深い。国家公認のヤクザと言っても過言じゃねぇからな」

ヤクザと通じ、事件を揉み消す代わりに高額な報酬を得る警察官。
総会屋から脅され相談に来た一流企業の役員に対し、総会屋を押さえ込む代わりに、当然のように見返りを要求し天下りポストに着く警察官。
そんな悪徳警察官など、ほんの一部であるだろうと思っていたこの世界はその実、まともなのはほんの一握りでそのほとんどが汚職に手を染めていると、悟ったときには正直驚きもしたけれど。
その奥の深さもまた一興である、と三蔵はこの世界の内情がいたく気に入ったらしい。
自分の申し出を受け入れて貰えずに、意気消沈した男ががっくりとうな垂れる。
どうやら観念したらしいと、まさに男の手に手錠を掛けようとした瞬間。
三蔵の上着の内ポケットに入っていた携帯が辺りの静寂を打ち破る。

―――よりにもよってこんなくそ忙しい時に掛けて来るなんざ、いい度胸だな。

保安課の人間からの容疑者逮捕の確認の電話―――多分にそんなところだろう、と三蔵は予想した。

「おい、鳴ってる」

なかなか電話に出ようとしない三蔵に宋が痺れを切らせて声を掛けて来るのに、分かってる、と答える代わりに片手でそれを器用に取り出し耳に当てた。
聞こえて来たのは、意外にも、聞き慣れた愛らしい声だ。

『・・・・・三蔵?』

相手が意外な人物だった事に、一瞬表情が変わる。

『今、話せる・・・・?』

電話の向こうから聞こえて来るその声は相当に遠慮がちで、一応気を使いつつ掛けて来た事だけは認めてやらないでもないが、このタイミングは悪過ぎるだろうと、そう思う。。

「これ以上ないくらい悪いタイミングで掛けて来るな、おまえは」

不機嫌極まりない声に、さすがの悟空も自分の間の悪さに気付いたらしい。
この時間だとお昼休みだと思ったと、そう申し訳なさそうに告げて来る悟空には、

「俺は普通の会社員と違うんだぞ。決まった時間にメシが食えるわけねぇだろうが」

そう返事を返してやる。
そして。
一体何の用なのか、と。
とりあえず、聞いてみれば。
頭を抱えたくなるような答えが返って来た。

『夕飯、何がいいかなぁ、と思って』
「・・・・・それだけか」
『うん、それだけ』

自分が忙しい事は承知の上で掛けて来た位だから、どんなに重要な用件かと思いきや、何のためらいもなく告げてくる悪気のない声に軽い眩暈を覚え、溜息を付く。
その三蔵の溜息が、悟空に聞こえてしまったのか。
申し訳なさそうに、ごめん、と謝られてしまっては、そう邪険にも出来なくなった。
携帯に囁いたその声は、周囲の人間に聞かれる事を嫌った、低く抑えた声だ。

「―――酒と刺身。それだけ用意しとけ」

素っ気無い口調なのにどこか自分に対する優しさが含まれているような―――そんなふうに感じてしまったのは単に自分の願望から来ているのだろうか。
果たしてそれは夕飯と呼べるのか、と三蔵の答えにそんな疑問も湧き上がったけれど、多忙な中自分の質問に答えてくれた事が余程悟空は嬉しかったようで。

『うん、分かった』

弾んだ声で返事を返して、電話は切れた。

・・・・・・酒と刺身ねぇ。

三蔵の反応から電話の相手と会話の内容を察した宋が、吹き出したいのをぐっと堪える。
堪え切れなかったのは、今、三蔵に腕を締め上げられているその男だ。
今から捜査員に手錠を掛けられようという、最悪な自分の立場も忘れて言うのだ。

「あれ。玄奘さんでもそんな顔するんだぁ。・・・へぇ。初めて見せてもらったわ」

容疑者である男にに二ヤッと意味深に笑われて、自分の表情が幾分か柔らかくなっていた事に気付かされては流石に三蔵も面白くない。
ちらり、と紫暗が容疑者である男の顔を盗み見て、そして次の瞬間、男の手が思い切り捩じ上げられるのだ。

「・・・てめぇ。取調べ、容赦しねぇから覚悟しとけよ」

照れ隠しともとれない事はない、その低い声で威嚇して、男の両手に容赦なく手錠を掛けた三蔵だった。





















「もう絶対掛けないかんな、悟浄!」

携帯電話を切ってすぐ、悟空がカウンターの中の悟浄の顔を睨み付ける。
今掛けた電話の余りの間の悪さに、やはり悟浄の言う事なんか聞くんじゃなかったと深く後悔した。
今夜の夕飯を何にしようかと、そうポロッと呟いた悟空に対し、
まるで新婚さんみたいだと、からかい口調でそう告げて、一度小さく笑ってから。
そういう事は本人に聞くのが一番だから電話してみろ、と。
そう言って悟空をけし掛けたのが他でもない悟浄だ。
いまだにこちらを睨み付けてくる金の瞳に対し、悟浄は出来上がった料理をフライパンから皿に移しつつ言うのである。

「でもよ、何だかんだ言ってもちゃんと答えてくれたんだろ。結局おまえ、大事にされてんじゃんよ」

―――そう言われれば、そう言えない事もないかな、と思わず悟浄に丸め込まれそうになりつつも、あの電話の向こうの不機嫌な声が、まだ鮮明に耳の中に残っているから。

「マンションに帰って、もし三蔵の機嫌が悪かったら悟浄の所為だからね!」

そう呟いて、烏龍茶を一気に飲み干した。















今回は三蔵と悟空が直接顔を合わせての会話はないですね。
書いていて少々寂しかったです。
後編ではちゃんとお話をさせてあげなくては。
後編でも宋クン、登場します。