一体どれ程の妖怪が彼らを襲撃しているのか。
数を確認する時間すら与えてくれないまま、それは容赦なく次から次へと彼らに向かって来る。


ある者は鋭い切っ先の錫杖を振り回し妖怪を切り裂いて。
ある者は気孔砲を繰り出して一度に複数の妖怪を薙ぎ倒し。
ある者は必要最低限の弾丸でもって、確実に妖怪の急所を外さずにそれを撃ち抜き。

それは、何時もと何ら変わりのない彼らの日常。
―――違っていたのは其処から先で。



陣痛が来たみたいだと。
そう悟空がぼそっと呟いたから。
もう戦闘どころではなくなってしまうのだ。



己の背後を狙った卑怯極まりない妖怪に向かって気孔を繰り出し容赦なくソレを倒した直後、血相を変えて八戒が悟空の元へと駆け寄り。
悟浄もさっさと錫杖を消滅させ、大丈夫か、と大声を上げながら悟空の側へと走り寄る。
もうじき父親になるであろう予定の三蔵はといえば。
最後に只ひとり残った妖怪が頭上から襲って来るのを敏感に察知して、てめぇと遊んでる暇はねぇんだよ、と凄みのある低音を発しつつ一発の弾丸で妖怪を死に至らしめ。

―――そして、ようやく。

他の二人とは対照的な、あくまでも冷静な落ち着いた足取りで、悟空の隣に付くのである。
次の瞬間、「大丈夫、歩けるから」と遠慮する悟空を有無を言わさずに横抱きに三蔵が抱き上げたのには。
八戒も悟浄も初めて目にする光景だったから些か驚かされたようだ。
だから、ふたりの姿に無意識に視線が釘付けとなるのも無理はなく。
こちらをじっと凝視したまま微動だにしない悟浄と八戒に、三蔵が切れるのだ。

「―――ぼけっとしてんじゃねぇ。さっさと車出せ」

と命令口調で碧眼に告げる三蔵の態度にもさすがに今日は癪に障る事もない。
とにかく。
事態は急を要するのだ。

普段はあくまでも安全運転がモットーの八戒が猛スピードでジープを飛ばしたから。
掛かり付けの病院に着くまでの時間は、通常の半分程の時間しか掛からなかった。


















「懐妊」 7
     〜最終話〜


















「何かすっげー痛いんですけど?」

陣痛室のベッドに寝かされた状態の悟空がしかめっ面で告げて来る。
痛くて仕方ないから腰をさすってくれだの。
喉がからからだ、お茶もって来てくれ、だの。
とかく出産直前の妊婦は我が侭だった。
通常なら甘やかさない事がモットーの三蔵もこの時ばかりは少々勝手が違ったようで。
悟空に陣痛の波が来る度に片手で腰をさすってやるその図は、さながら仲睦まじい夫婦の光景そのものだと思わせると同時に。
こんな光景は滅多に見られるものではないから、ついからかいたくなる悟浄と八戒だったが、今が非常事態だという事を考慮して、実はそれを懸命に我慢している状態だったりする。
第一。
こんな状況下の中で下手にからかったりしようものなら。
間違いなく、三蔵の法衣の袂から小銃が取り出されそれが火を吹くのは目に見えている。
陣痛室の中で発砲するなとどいう非常識極まりない行為に出られるのは、何としても避けたい。
だから、八戒も悟浄も、ふたりの仲睦まじい様子をしばしの間黙って見ていたわけだが。

「・・・何だか僕達お邪魔みたいですね。お暇した方がいいでしょうか?」

隣に居た悟浄にちらりと視線を送りつつ、我慢しきれずに八戒が呟くのに三蔵こそが眉間の皺を増やすのだ。
こちらも好きでやっているのではないのだ、と言いたげに八戒の碧眼を紫暗が無遠慮に睨み付けて来る。
そんな手厳しい視線を送りつつも、三蔵の手は相変らず悟空の腰をさすり続けているのだから。
八戒も悟浄も、見てはてけないものを見ているような気がしてどうにも居たたまれない思いもあるようだ。
こんなふうに三蔵がかいがいしく悟空の世話を焼いている図など、早々見られるものではなかったから。

「ダメだよ、八戒。帰るなよ。居てくれた方が、心強いしさ」

痛みを散らそうとしているのか、自分で自分の腹部をさすりながら悟空に言われてしまったから。
こんな時だからこそ、夫である三蔵とふたりっきりにしてあげた方が親切なのではないか、と気を遣った八戒ではあったのだが。
自称悟空付き保父としては、本心を言えば此処に居たいのはやまやまなのだ、とそう悟空に告げてみる事にした。

「そう言って貰えると嬉しいですね。僕も宿に帰ったところで気になって気になって、返って落ち着きませんから。僕らが居たところで何の役にも立たないとは思いますけどね」
「役に立たないなんて事ないよ。・・・・じゃあさ、腹減ったから何か買って来て?陣痛室出てまっすぐ行くと売店があるからさ」

言いながら、痛みに耐える悟空の額にうっすらと汗が滲んだ。
今のところ、10分に一度の間隔。
これが出産間近になると一分と経たずに次の陣痛が来るわけだから、陣痛と陣痛の間の間欠期にちょっと休憩、などという余裕もなくなるわけだ。
だから本格的な陣痛が来る前に、食事が取れそうなら取っておいた方がいい、と、看護師にもそう勧められていた。だから八戒に食べ物を買ってきてくれ、と頼んだわけで。
そう頼んだ悟空の声は実にしっかりとしていたけれど。
その表情はかなり痛そうだったから、見ているこちらが辛くなって来る。
だから、悟空を実の妹のように可愛がっている兄貴分悟浄としては。
居ても立っても居られなくなり、近くに居た看護師に聞いてみたくなるのだ。

「あのさ、かなり痛いみたいなんだけど。・・・何とかなんねぇの?」

そう声を掛けられた看護師が、カルテにペンを走らせていた手を止める。
ちらりと悟空の横たわるベッドに視線を送って、その様子を見届けた後で。

「何言ってるんですか。口が聞けるうちはまだまだ本物じゃないんですよ。本当の痛みはこれから来るんです。初産で長丁場になるでしょうから、交代で腰をさすってあげるといいですよ。それだけでも随分と痛みが和らぎますから」

にこり、と白衣の天使そのものの笑顔を乗せて、看護師がそう悟浄に告げるのだ。
しかし、それを耳にした悟浄はと言えば。

―――そりゃ無理だわ。三蔵は絶対に他の奴に悟空の腰は触らせねぇって。

そう心中呟きつつ苦笑したらしい。

痛みに堪える悟空の表情を視界に捉え、まだ余裕ね、と呟きつつ病室を出て行った看護師が、病室から出て後ろ手にドアを閉めたその瞬間に。

今声を掛けて来た、紅い髪の人と。
妊婦の腰をさすっていた、金髪の人と。
ラマーズ法の本を片手に持っていた、眼鏡を掛けた人と。

一体どの人が旦那さんなのかしらねぇ、と疑問に思いつつも。
まぁ、どれでもいいか。どれが旦那さんでも羨ましい事には変わりはないし、と結論付け。
人手不足の為に片付けても片付けても減らない仕事に向かう為に、廊下を早足で歩いていった事実は。
陣痛室に存在する4人には、当然気付かれぬままに終わってしまったようである。









―――そして。
それから、数時間後。






たまのような赤ん坊が、二人、無事に産まれる事となる。






出産を担当した医師曰く、悟空の出産は双子であったのにも関わらずとんでもなく安産だったと言うのだが。
これが安産だったら難産というものは一体如何ほどに大変なものなのだろうか、と。
そんなふうに悟空に思わせる程にそれは相当に大変なもので。
痛い、痛いとは聞いていたが。


・・・・・痛いなんてもんじゃねぇって。


そう心中呟きつつ。
まだいきむな、と叱咤する助産師を睨んでみたりもしたりして。

一人の赤ん坊が出たところで、ほっとしたところを。
もう一人の赤ん坊を産み出す為の陣痛がまた沸き起こって来るのだから、これは相当にキツかった。

無事に双子の赤ん坊を産み終わった瞬間の悟空の第一声は。

―――もう二度と双子は産まねぇ。

・・・・これだったとか。



そして、肝心の赤ん坊はと言えば。



一人は、悟空にそっくりな、女の子で。
残る一人は、三蔵にそっくりな、男の子だったから。
悟空似の赤ん坊は皆に大歓迎されたものの。
三蔵似の赤ん坊を愛しげに己の胸に抱いたのは、、ただひとり。






―――悟空だけだったらしい。





























生まれたばかりの赤ん坊というものは、一日のほとんどを新生児室で過ごすもののようだ。
ただし、日中4時間毎に行われる授乳の時刻になると二人の看護師に抱かれた双子の赤ん坊が悟空の居る病室にやって来るわけだが。
女の子である悟空似の赤ん坊は、悟浄と八戒の二人の間を行ったり来たり、ととにかく目まぐるしく移動する。
可愛がられているなんてもんじゃない。
猫っ可愛がりだ。
反して、男の子である三蔵似の赤ん坊は。
ほとんど、その身は悟空に抱かれている事が多い。
実際のところ三蔵などは、赤ん坊などどうやって抱いたらいいか分からねぇ、と言わんばかりに、いまだに両方の赤ん坊を抱く事すら躊躇している状態で。

しかし、どうでもいいが。

―――何もここまで似る必要はなかっただろう、と。

ベッドの上に健やかに眠る我が子の顔を覗き込みながら、父親である三蔵に眉間に皺を寄せて呟かせてしまう程。
本当に、この男の子の赤ん坊は見れば見るほど三蔵に酷似しているのだ。

そして何気なく視線を移動した瞬間に、双子の赤ん坊の小さな小さな手首に付けられた、細いベルトが三蔵の視界に入る。
女の子には可愛らしいピンクのベルトが、そして男の子には涼しげな水色のベルトがそれぞれ付けられていた。
その表面にフェルトペンで書かれた文字が、否応なしに紫暗色に飛び込んで来る。





『午前5時20分誕生。2800グラム。玄奘ベビー。』





そんな文字が、綴られていたから。





―――どんな表情を施したら良いのか分からなくて、困惑する。





「どうしたの、複雑な顔して」

双子の赤ん坊に気を取られ過ぎていたようだ。
悟空から突然掛けられた声に、我に返り金糸を揺らしつつ顔を上げれば。
何時病室を出て行ったのか、先刻まで悟空似の赤ん坊をとっかえひっかえ抱いていた悟浄と八戒の、ふたりの姿が見当たらない。

「あいつらはどうした・・・?」
「階下の売店に行ったよ。飲み物買って来てくれるって。で、何でそんな顔してんの?」
「どんな顔してる」
「だから、複雑な顔。・・・ああ、もしかしたら、赤ん坊があまりにも三蔵に似てるから、びっくりした?」
「―――まぁな」
「嬉しいだろ。自分に似てて」
「・・・ここまで似てると、嬉しいと言うより不気味だな」
「仮にも父親がそういう事言う?」

三蔵に、そんなふうに言われてしまったから。
あらためて、三蔵似の男の子の赤ん坊の顔を、じっと凝視する。
見事なまでの、さらさらな金色の髪。
普段は一日のほとんどを寝て過ごしているから、滅多に見られる事はないけれど。
時折開く瞼から顔を出す深い紫の瞳は、父親に負けずおとらずの美しさを湛えている。
やはり三蔵にそっくりだと、悟空は再認識するのだ。
その赤ん坊をそっとベットから抱き上げ、胸に抱いた悟空が、つーっとその頬を指でなぞればつぶらな紫の瞳が一瞬顔を出すものの。
それはほんの僅か数秒の事で、再び瞼が閉じられてしまうのだ。

「ああ、もう閉じちゃった。もっと見ていたいのにな、この瞳。・・・・すっごく綺麗なんだよなぁ」

―――三蔵と同じで、凄く綺麗。

そう呟いて三蔵の紫暗をそっと覗き込めば。
ほんの僅かの間交わった金と紫。
けれど意外にも、照れ臭くて先に視線を外してしまったのは悟空側で。
そんな悟空の仕草を見届けて、紫暗が細められた次の瞬間。
突然に腰を引き寄せられたから、驚いてしまって。

「何だよ、赤ちゃん抱っこしてんのに、危ねぇじゃん」

本当は抱き寄せられて嬉しいのに、やはり照れ臭いからそんなふうに突っ掛かってみれば。
予想もしなかった言葉が返って来た。

「・・・・良く頑張ったな」

―――へ・・・?

しばしの、沈黙。

もしかしたら、今のは。
出産を無事に終えた妻への。
夫のねぎらいの言葉と捉えていいのだろうか。

何だか、凄く。

嬉しかったりした。

嬉しいから、正直ににこりと微笑めば。
やはり照れたように視線を外される。

「ね、も一回、言って・・・?」

ダメもとで、強請ってみる。

「―――二度と言わねぇ」

やはり。
予想通りの言葉が返って来た。
ならば。

「じゃあ、言葉にしなくていいから、態度で示してよ」
「・・・・あ?」
「ねぎらいの、キス。ちょうだい」

これもダメかな、そう思ったけれど。
意外にもそれは、簡単に下りて来た。

「―――ん」

息を付かせぬ、熱の入った口付けに翻弄された。
唇を解放されて。
名残惜しそうに瞳を潤ませる悟空に煽られそうになる。
だから。

「退院したらこんなもんじゃ済まさないから覚悟しとけ」

そう言ってやったら。

「残念でした。産後一ヶ月はえっち出来ません」

そう返されてしまって。

「・・・・本当か、それは」

瞳を細めつつ尋ねてみる。

「うん。本当だよ」

言いながらくすくす、と楽しげに笑う悟空を視界の隅に入れつつ、三蔵が眉間の皺を深くしたのは言うまでもなく。
そんなふたりの表情を、薄く開けられたつぶらな愛らしい紫暗の瞳が見詰め続けていた事に気付いたのは、それからもう少し後の事だった。


























「ったく、飽きもせずに毎日良くいらっしゃいますことで」

きゃっきゃっと実に楽しそうにはしゃぎまくる、今悟浄の腕の中に居る悟空そっくりな赤ん坊。
その存在をあやしつつも、妖怪達を倒す事だけはおろそかにしない。
悟浄が錫杖を振り回す度にそれを黄金色の瞳に映し出し、楽しそうに笑う赤ん坊を視界に入れて。
間違いなくこいつは三蔵と悟空の子供だと、そう悟浄が確信する。
戦闘中が、一番機嫌がいいのだから。
どんなにぐずっていても、戦闘が始まった途端に泣きやんで快心の笑みを見せるのだ、この赤ん坊は。

「そろそろミルクの時間ですよね」

今が戦闘中である事を忘れさせるような、八戒ののんびりとした口調に、余裕だね、と悟空が笑う。
悟浄の腕の中から八戒の腕の中へと、赤ん坊が手渡された。
水筒に入れた50度の温度に保たれた白湯を哺乳瓶の中に入れ、粉ミルクを溶かして数回振って攪拌する。
丁度今が飲み頃のミルクの入った哺乳瓶を、赤ん坊に見せれば。
悟空似の金晴眼をきらきらと輝かせながらその小さな手を伸ばして、ソレを取り上げすぐさま口に咥えるのだ。
母親に似ているのはその顔だけではなく。
その食欲も、酷似しているようだ。

紫暗の瞳を持った、もう一人の赤ん坊は一体どうしているのか、と言えば。
しっかりとその身は三蔵の片腕に抱かれていた。
片手には昇霊銃。
片手には赤ん坊。
―――何とも言えない風情を漂わせて、三蔵は妖怪達を倒し続けている。
こちらの赤ん坊は、戦闘中も全く動じる事がない。
三蔵の肩に掛けられた経文の端を、その小さな手で時々掴みながら弄びつつも。
泣き出す事もなければ、笑い出す事もない。
・・・・・はっきりと言ってしまえば、赤ん坊にしては表情に乏しいと言えるかも知れない、この赤ん坊は。
三蔵に似ているのはその顔だけでなく。
その性格も、酷似しているようである。

妖怪が襲って来る度に片手で気孔を放ちつつ。
それでも赤ん坊にミルクをあげる事を中断したりはしないあたりは流石八戒、器用なものである。

「―――あ。もう飲んじゃいましたね」

八戒の呟きに悟空が振り返ってみれば、いつの間にやら哺乳瓶の中のミルクが空になっている。
早いなんてもんじゃない。
ミルクの一気飲みだ。
血筋を感じさせるその豪快な飲みっぷりに、八戒の顔が思わず綻んだ。

「まだ足りないみたいですよ?どうします、悟空」

んまんま、と小さな声でミルクのお替りを催促する赤ん坊の表情が愛らしい。
しかし、その意見を飲むわけにはいかないのだ。
哺乳瓶の中では一番の大きさである240ミリリットルの容量一杯のミルクをすでに飲み干しているのである。
これ以上飲ませるわけにはいかない。
八戒の台詞に答えたのは意外にも赤ん坊の母親である悟空ではなく、父親の三蔵だった。

「却下。それ以上飲んだら離乳食食わなくなるだろうが」
「おーっ、いいお父ちゃんしてんねぇ、三蔵様!」
「まさか三蔵の口から離乳食という言葉を聞くとは思いませんでしたよ」

些かからかい気味に掛けられた悟浄と八戒の言葉に、ちらり、と剣のある視線を送った後は。
片手に赤ん坊を抱いているとは思えない程の軽快な銃捌きで妖怪達を倒していくのだ。
そんな三蔵の立ち居地からそう遠くはない場所に居る八戒が、たっぷりとミルクを飲んだ悟空似の赤ん坊を立て抱きにし、その小さな背中をぽんぽんと軽く叩けば。
赤ん坊の愛らしい小さな口から、けふっと。
これも可愛らしい、ゲップが飛び出した。
ミルクを飲ませた後は必ずコレを施さないと、ミルクの中に含まれた空気が抜けずに、赤ん坊が吐く事がある。
孤児院で赤ん坊の世話を経験した事があるとは言っても、ここまで器用に赤ん坊の世話をこなすのは、やはり八戒ならではと言えよう。

「三蔵。そっちはいいんですか?ミルク、作りましょうか」

八戒に尋ねられた三蔵が赤ん坊の顔を見遣るが、ミルクより何より彼が興味を持っているのは。
どうも他のものらしいと気付かされる。

「作る必要はねぇ。今はミルクどころじゃないらしいからな」

三蔵の腕の中に抱かれている赤ん坊が、珍しく興味を持ったように手を伸ばしたその先にあるものは。
陽光に照らされてきらりと光る、昇霊銃だ。
しかし、その手は三蔵の手によって軽く払われる。

「・・・触らせるわけにはいかねぇんだよ」

その深い紫暗色が、これまた深い紫暗色の瞳に向けられる。
つぶらな瞳が、それでも赤ん坊らしからぬクールさすら湛えながら、見返して来るのだ。
己と同じ、金糸の髪を揺らしつつ、身を乗り出して小銃を触らせろと訴えて来る赤ん坊を、三蔵は制した。
誤ってトリガーを引かれ暴発するような事にでもなれば、この小さな存在に被害が及ぶ。
だからコレだけはどうしても触らせるわけにはいかないのだと、三蔵の視線がそう訴えていた。

「銃なんかより、もっと面白いモンがある。そっちで我慢しろ」

口の端を軽く上げてそう囁く三蔵に赤ん坊が小さく首を傾げるのだ。
そして、三蔵がタントラを唱え、その直後に飛び出した技と言えば。




―――ご存知、魔戒天浄だ。




父親が初めて繰り出した大技に、三蔵似のクール極まりない赤ん坊も、流石にきゃっきゃっとはしゃぎだした。
妖怪はすべて片付くわ、赤ん坊は異様に喜ぶわ。
一石二鳥とは、まさしくこの事か。

「魔界天浄って、滅茶苦茶赤ん坊に受けがいいですねぇ」

八戒が感心したように呟けば。

「こいつら限定なんじゃねぇの?」








―――なんつっても三蔵と悟空の子供だからよ。








悟浄にそう返されて。
八戒がにこやかに頷いた。












戦闘中だった事を本気で忘れてしまう程の、この穏やかな空気。
小さな、小さな二つの命がこの旅に加わって。
大変な思いをする事も確かにあるけれど。
それ以上に。
この二人が存在している、それだけで。
沢山の幸せを貰っているような、そんな気がして。

心配し不安がる必要など、何処にもなかったようだ。
三蔵が以前悟空に告げたように、本当に何とかなってしまっている。
心配された悟空の産後の体調も、今の所懸念される事態には至っていないし。
赤ん坊を連れての戦闘も、意外にスムーズに事が運んでいる。

この二人が。
無事に産まれてくれて。
―――自分達の元へ来てくれて。
本当に良かった、と。
今、心からそう思える悟空がここに居た。








「ぱ・・・・ぁ、ぱ」








悟空似の赤ん坊が呟いた、その声に。
大人組3人が間髪入れず一斉に振り返り、反応するのだ。
それはもう、賑やかな事この上ない。

「今、俺の顔見て言ったよな?そうか、俺をパパと認めるのか」

悟浄が自信を持ってそう言えば。

「嫌だなぁ。ミルクをあげたり、おむつを替えたり、甲斐甲斐しく身の回りの世話をしているのは誰だと思います?僕に言ったに決まってるじゃないですか」

八戒が当然のように返すのだ。

「ふざけるな、正真正銘こいつの父親は俺だ。てめぇらは引っ込んどけ」

いっぺんその頭打ち抜いてやろうか、と。
片手に赤ん坊を抱えたままで、つい先程まで敵に向けていたその銃口を悟浄の居る方向へと構える。
そんな三蔵の姿を己の瞳に映し出した悟浄からブーイングが沸き起こった。

「ちょっと待った!何で俺の方にだけ銃向けんのよ。八戒だってパパ宣言してただろうが!」
「生憎赤ん坊に銃向けるような無神経さは持ち合わせていないんでな」

速攻で、返されたから。
振り返って、確認してみれば。
八戒の腕の中には、腹が満たされて睡魔が襲って来たのか、うつらうつらしている悟空似の赤ん坊がちんまりと其処に居た。

―――失敗したな、と。
八戒に赤ん坊を渡す事なく、自分でミルクをあげてしまえば良かったと。
悟浄が後悔の溜息を付いたとか、付かないとか。






そんな、じゃれあっていると言っても過言ではないような。
大人組3人の様子を見届けて。










―――何だか父親が3人居るみたいだなぁ。










苦笑交じりにそう呟いた悟空の声に、重なるように。
父親の繰り出した大技が余程気に入ったようで、いまだにきゃっきゃっと笑い続ける三蔵似の赤ん坊の声が。
澄み渡った青空へと、吸い込まれて消えていく。




















さぁ、ジープに乗って。
また西への旅を続けよう。
父親が3人と、母親が一人。
車に変身可能な、一匹のペットと。
そして。
小さな小さな命が二つ。







総勢、6人と一匹の、大家族で―――。



























とにかく、ラストに近付く程に書いていて
楽しくなってくるノベルでした。
特に、赤ちゃんが生まれてからは、もう。格別に楽しかったですよ。
三蔵のパパぶりが、溜まりませんでした。普段クールな人ですからね。
ノベルの中に登場する赤ん坊がしている、ベルトですが。
実際、してますよ。○○ベビーって書かれるんです。
。勿論、○の部分には名字が入ります。
まだ、赤ちゃんには名前が付いてないですからね。
それにしても。

『玄奘ベビー』。

何だか萌えですね、この呼び方。
それから、言い訳をひとつ。
離乳食を食べているような5,6ヶ月ぐらいの赤ん坊は、
まだ「パパ」とは口にしません。
単語を話しだすのは、1歳前後ですから。
「パパ」と言ったのではないのですよ、実は。
パ、を2回連続で言っただけで(笑)。
自称パパ二人と本物パパひとりの
大人組3人が喜びそうだったんで、書いてみました。

最終話まで読んでいただき感謝致します。
ありがとうございました。