「三蔵、疲れちゃった?」
悟空に顔を覗き込まれつつ言われるのに。
「ああ、疲れたな」
煙草の灰を灰皿に落としながら遠慮無しに答えたその顔はいつにもまして無愛想だ。

悟空に付き合ってやる、と約束した日曜日。
悟空と待ち合わせをし、腕を引っ張られつつ歩き回されること五時間余り。
都内を遊び回るのなら車よりも電車の方が効率的かと判断したのは間違いだったかと思い知らされる。
体力に自信の無い方ではなかった三蔵も、さすがに悟空のハイペースな動きには付いていくのがやっとだった様で。
悟空に「腹が減ったから何処か入んない」と言われた時には表情こそ変えなかったものの心底ほっとしたのも事実だった。
















『桜花』  7

















相変わらずの悟空の人並み外れた食欲に感心しつつ、悟空の注文した量の半分にも満たない食事を済ませた三蔵はコーヒーを口にしていた。
皿に残っていたハンバーグをすべて口に入れ飲み込んだ後。
満足したかのように小さく息を吐いた後で、悟空が口を開いた。
「ごめん。ちょっとあちこち引っ張り回し過ぎちゃったね。―――なんか、久しぶりに楽しかったから」
久しぶりに楽しかったのだ、とその黄金色に見つめられつつ告げられて。
その台詞にただならぬものを感じそれに反応する。
「・・・久しぶり?婚約者とうまくいってる奴の台詞とは思えんな」
言い終えてすぐに吐き出された煙が天井へと登るその様子を一瞬悟空は見つめた。

すべての皿が空になったところでそれを見計らった様にウエイトレスが悟空の前に置かれた大量の皿をかたづけていき、代わりにコーヒーカップが置かれていく。
テーブルの上は三蔵と悟空の前に置かれたコーヒーカップのみとなり、色とりどりの皿が置かれにぎやかだったものがすっきりとシンプルなものにとって変わった。
「・・・・うまく・・・・いってなくて」
ウエイトレスがテーブルを離れたのを確認してから悟空が俯き加減で小声で呟いた。
その表情が次第に翳りを帯びて来た事に気付かされたから。
こちらも真面目に聞いてやらなければならないだろうとまだ吸える煙草を三蔵は揉み消した。
「俺と・・・会いたがらないんだ」
囁かれた台詞には、やはりいつもの覇気はなく。
続けられた言葉には、落胆が色濃く浮かんでいる。
「この間こっちへ帰って来た時会ったんだけど、その時も俺が無理言ってやっと会ってくれたって感じで。会ってる時は結構優しかったんで俺の思い過ごしかなって、思ったんだけど・・・・」
何も言わず黙って聞いてくれている三蔵に感謝しながら、悟空は窓の外の行き交う人々に目線を移した。
忙しなく急ぎ足で通り過ぎる人々の格好から上着がすっかり消え去っている事に春本番の到来を感じつつ。
浮き足立つような春の風景に自分の今の表情は何と不釣合いなのか、とそんな事を考えながら淡々と言葉を綴った。
「今だって、仕事の都合でこっちへ帰って来てるんだけど、会えないって言われちゃって・・・・。前はどんなに仕事が忙しくてもこっち来てる時は時間作ってくれたんだけど・・・・」
遊び回っていた時には思い出さなかったのか。
それとも思い出さないようにしていたのか。
そんなふうに落ち込んでいた事には全く気付かされずにいた。

―――おまえにそんな顔させる事が出来るのは良くも悪くも婚約者だけだな。

はぁ、と溜息をつく悟空に三蔵は心底そう思う。
しばらく言葉を選ぶように間を置いて。
三蔵の口から発せられた言葉に悟空が目を丸くさせた。
「確かめてみりゃいいだろうが」
「確かめるって―――?」
「本人に直接聞いてみりゃいいんだよ」
事も無げに言われるのに悟空がぷるぷると首を振る。
嫌な予感は大抵当るから、自分の想いを玉砕覚悟でぶつける事など、今の悟空には出来そうもない。
「怖くってそんな事出来ないよ、そこで否定されなかったら俺立ち直れないもん」
真っ直ぐに自分の目を見つめて言い返され、その視線に耐え切れず先に視線を外したのは三蔵だ。
それでも。
目の前のこの黄金色の瞳の持ち主が、いつまでもだらだらと落ち込むようなタイプではないと。
毎日一緒に仕事をして来てその性格はある程度見抜いていると自負していたから。
「そんなに好きだったら相手がどこに居ようが追いかけていきゃいいだろう。会って自分の気持ちぶつけてみろ。それでダメならさっさと気持ち切り換えるんだな」
そんな言葉を掛けてみた。

三蔵の言葉にわずかに表情を変えた悟空がしばらく沈黙した後見事に笑顔を復活させる。
「・・・・そうだよね。―――うん、やってみる」
やはりこいつは切り替えが早い、と妙なところで感心しつつその笑顔を盗み見て。
とりあえずは落ち着いたらしい、と。
早速新しい煙草を取り出した。
その仕草を見届けて、ちらりと紫暗を覗き込みながら悟空が告げて来たのは、素直な感謝の言葉。
「俺、誰かに今みたいにビシッと言ってもらいたかったのかも。ありがとう、三蔵」
「礼を言われる様な事は何もしてねぇよ」
あまりにも三蔵らしい台詞に悟空が俯き加減でくすっと笑みを施した事には、煙草の先端に火を点ける動作に気を取られていて気付かなかったらしい。
しばらくして、空になったコーヒーカップをソーサーに置きながら、ゆっくりとした口調で悟空に尋ねて来た。
「この後はどうする」
その言葉を合図にするようにコーヒーを一気に飲み干してから悟空が答える。
「行きたいところ、あるんだけど」
まだあるのか、と心の中で呟いてから。
「―――何処だ」
端的に聞いてみれば。
「八戒んち!」
にこやかに悟空に返されて眉間に皺を寄せながら「ぁあ?」と三蔵が冷ややかな声で呟いた。
























「この時間じゃまだ病院だろう。留守に決まってるだろうが」
前を歩いて行く悟空に声を掛けるがそんな三蔵の台詞にはおかまいなしに八戒のマンションの入り口を抜け、さっさとエレベーターのボタンを押されてしまう。
「ん、留守だったらすぐ帰る。八戒に昨日、明日もし早い時間に帰って来たらうちへ寄って下さいって言われたから」
「・・・・・八戒が?」
エレベーターに乗り込んだ三蔵の瞳が何かに気付いた様で不機嫌に光ったのを、悟空は見逃してはいなかった。
三蔵の表情が段々に険しくなっていくのに気付いた悟空がその不機嫌の原因を計りかねて首を傾げる。
その原因が分からぬ状態のまま、エレベーターは該当階に着いてしまった。
ゆっくりとした動作で二人がそこから降りる。
エレベーターを降りてすぐのドアのチャイムを鳴らせばまもなくしてドアが開き、いつもの笑顔に迎えられた。
「いらっしゃい。待ってましたよ」
何時見ても人当たりのいいこの笑顔に惹かれた後で、その笑顔よりももっと悟空の気持ちを魅了したのは、キッチンから香る甘い匂いだ。
「今、丁度お茶の準備が出来たところで。クッキーも今焼けたばかりですよ、さ、早く中に入って」
『焼き立てのクッキー』
この台詞に敏感に反応を示し「お邪魔しまーす」とニコニコ顔で玄関に上がる悟空と。
それとは対照的に不機嫌なオーラを出しまくり玄関に佇む三蔵と。
やはりここで言い合いになるのは、これも八戒の予定通りだったようで。
「なんでこんな時間に家に居る。日勤だと言ってなかったか」
低く呟かれるのにもこの男が怯むわけなどなく。
「あれ?僕、そんな事言いました?」
「―――この善人面した大嘘付き野郎が」
「あ、いいですねぇ、その誉め言葉。あまり言われた事無いもんで。なんか新鮮ですねぇ」
そんな言い合いを断ち切るが如くに発せられた声は、少々遠い位置から聞こえて来た。
「おーい。玄関でブラックジョーク飛ばしてないで早く入って来いや、お二人さん」
部屋の奥から響いて来たその声に、三蔵の不機嫌が上昇する。
玄関を上がり悟浄がソファに座っているのを見て三蔵が紫暗を鋭く光らせた。

―――八戒だけじゃねぇ。こいつもグルか。

怒りをその視線に含ませて、威嚇する。
「なんでてめぇまでここに居る。ゴルフはどうした」
「ああ、それね。先方の都合により来週に変更。いやぁ、楽しみにしてたんだけどねぇ、実に残念だわ」
三蔵が上着の内ポケットからすっと取り出された物。
窓から差し込む太陽の光に照らされたS&W―――。
それを悟浄の額に突き付けた瞬間に、息を呑んだ人がここに一人。
口一杯にクッキーを頬張っていた悟空がそれを飲み込み、声を上ずらせる。
「さ・・・・三蔵・・・・、何、それ・・・・」
「見りゃ分かるだろうが」
「な・・・、なんでそんなもん持ってんだよ」
「護身用にと社長から譲り受けたんだが」
さらっと何でもない事のないように銃を構えつつ答える冷静な三蔵と。
恐怖感を露わにし微妙に身体を振るわせる悟空の姿ははたから見てもかなり対照的だ。
八戒がそんな二人を交互に見やり苦笑しながら助け舟を出した。
「悟空、大丈夫ですよ。本気で撃つ訳じゃありませんから。この二人のレクリエーションなんです、これ。三蔵、そんなもの早くしまっちゃって下さい。悟空、震えてます」
八戒にそう言われ悟空を見やると確かに青い顔で僅かに震えているのが確認出来たから。
悟空には刺激が強すぎたかと速やかにS&Wを内ポケットにしまいつつ、悟空に問い掛けた。
「おまえは何か持ってねぇのか。護身用の武器」
悟空は相変わらず青い顔で首を横に振りながら答える。
「ふつー、持ってねぇだろ、そんなもん!」
「持ってるだろ、ふつー」
悟浄と三蔵にほとんど同時に言われ、おそるおそる悟空は悟浄に尋ねてみた。
「・・・・・悟浄も何か持ってるの?」
「いやいや、俺なんかよりもすごいのは八戒だよ」
「・・・・・へっ・・・・?」
悟空が自分の顔を覗き込んで返事を待っているその顔が余りに愛らしくて、思わず笑みを湛えながら呟いた。
「僕は武器なんか持ってませんよ」
その言葉を聞き悟空はようやくほっとした顔を見せた。
しかし。
そこで悟浄が畳み掛けもっと深い恐怖の底へと悟空を突き落とす事になる。
「その笑顔に騙されんな。こいつは武器は持ってねぇけどすごいもん使えるんよ。気孔術っての。三蔵の持ってる銃なんてこいつの気孔術に比べたら可愛いもんよ」

そんな事を聞いてしまっては悟空の八戒を見る目があからさまに変わってしまうのは当然で。
悟空の痛い視線を全身に受けつつ八戒が悟浄に対してその碧眼で威嚇する。
「やめて下さい、悟空、怖がってるじゃないですか。嘘ですよ、少し習っただけなんですから」
三蔵にはブラックコーヒー、、悟空にはミルクティの入ったマグカップをテーブルの上にことりと置きながら、悟空の顔色を伺えば。
やはりその顔には猜疑心が浮かんでいるのが見て取れる。
さて、どうやってこの猜疑心を取り除きましょうか、と八戒が思案して間もなく。
悟浄がコーヒーを一口飲んでから悟空に言葉を掛けた。
「この国も以前と違ってずいぶん物騒になってきたからな。護身の為の武器なら持っててもお咎め無しだし。武器を持つのが怖けりゃ八戒みてぇに護身術位習っておいた方がいいんじゃねぇの」
「―――考えておきます・・・・」
悟空が相変わらず顔をひきつらせいてるのを見て取った八戒が、そろそろ話題を変えようと悟空の肩をポンと叩いた。
こんな時にはやはりこの種の話題で悟空の心を惹き付けるのが一番だろう、と八戒は結論づけたようだ。
「悟空、ちょっとお手伝いしてもらえます?」
「えっ・・・・、何を・・・・?」
「今日は僕がみんなにビーフシチューをご馳走しちゃいます。下ごしらえ、手伝って欲しいんですけど」
ビーフシチュー、とその単語を聞いた途端に悟空の顔から恐怖心と猜疑心が消えいつもの笑顔が姿を現した。
やはり悟空の機嫌を取るのには食べ物を出してくるのが一番の得策のようである。
「やったっ・・・!なんでもやりまーす!まずは何からやったらいい?」
屈託のない笑顔を見せ始めた悟空にこちらも笑みを施して返事を返した。
「じゃ、野菜を切ってもらいましょうか」
悟空がミルクティを飲み干すのを待ってから、まるで仲のいい母と子の様にキッチンに連れ立って行く二人を見送っていた悟浄をちらりと碧眼が見遣った。
その時八戒が目線で後はよろしく、と訴えて来たのを悟浄は見逃したりなどしていない。

二人だけが残されたリビングで。
ちらり、とこちらを見てくる悟浄に三蔵は気付いていた。
これは何か話があるらしい、と思った矢先に声を掛けられる。
「―――あのさぁ、三蔵様」
「何だ」
「前から一度聞いてみたかった事、聞いてみてもいい?」
「くだらねぇ事聞いたら今度こそ殺すぞ」
それが何だか本気で言っているように悟浄には感じられて一瞬怯んだものの、意を決して口を開いた。
目の前の男も十分に辛辣だったが、先程キッチンに消えた黒髪碧眼の男もかなり辛辣で手厳しいから。
この位の脅しで目的の達成を諦めるわけにはいかないのだ。
「―――悟空の事なんだけど・・・・、おまえ、あいつの事どう思ってるわけ」
そんな下世話な事を聞かれるとは想像していなかった三蔵が意表を付かれてその顔に明らかに困惑が浮かんだか。
それも僅かな時間の事。
すぐにいつもの無表情に戻り不機嫌な声で言葉を返して来る。
「どうって」
煙草を咥え火を点けながらいかにも面倒だとばかりに言い捨てる三蔵の横顔を覗き込みつつ、悟浄も煙草に火を点けた。
「だからぁ、―――好きか嫌いかって事」

やはりくだらない、と三蔵はそう思う。
多分八戒あたりに聞き出して来いと言われたのだろうと容易に想像が付いた。
なら八戒は悟空の担当か、と。
今頃キッチンで八戒にそれとなく尋問を受けているのであろう悟空が少々気になった。
とりあえずこっちは相手が悟浄だ。
自分の相手ではない、と三蔵は悟浄をからかう事に徹する事にする。
「仕事は真面目にやっているようだし、客の評判も悪く無い。嫌いになる要素は特に見当らんが」
「・・・・それは仕事の上での話だろうが。俺が言ってんのはそういう意味じゃねぇの」
「ならどういう意味で言っている。ちゃんと説明してもらわんと分からんな」
三蔵の台詞に悟浄が頭を抱えながら煙草の煙をふうっと吐き出した。
こうなるとボキャブラリーの少ない悟浄は歯が立たない。
「だからぁ・・・・、異性として好きっていうか・・・・、あ、悟空は男だからこれは当てはまらねぇか。えっと、何て言ったらいいんだよ、こういう場合」

キッチンで二人の会話に耳を傾けていた八戒が野菜の皮を剥きながら溜息を付いたのは、当然の事だろう。
完全に三蔵にからかわれている感のある悟浄に、やはり自分が三蔵を担当した方が間違いがなかったようだと後悔する。
悟浄のようなストレートな聞き方したら交わされるに決まっていたから。
「八戒。玉ねぎ、切れたよ。これでいい?」
悟空が八戒の前にカットされた玉ねぎを差し出して確認を取って来た。
丁寧に櫛形に切られたそれに、笑顔を施して。
「上出来です。じゃ、次はこれをお願いします」
綺麗に皮の剥かれた人参を差し出すと、悟空がそれを八戒から受け取りまな板の上で一口大に切り出した。
あまり包丁には馴染みがなかったようで、最初は不器用な持ち方をしていたそれも気が付けばなかなか様になって来ている。
もともと素質はあるのかも知れないと。
そんな悟空を見つめながら、八戒がこちらも野菜を切りつつ思案し始めた。
・・・・・さて、こちらはどうやって話題をそっちへ持っていこうか、と。
そんな事を思案していた、矢先。
「俺ね、ビーフシチュー、大好き。あ、金蝉も大好きで、レストランに行った時なんかよく二人で注文するんだ」
悟空の方からその名前を出してきてくれるとは思わずに少々当惑した。
しかし、これで話を切り出し易くなったから、八戒としては好都合だ。
「そうですか。・・・・最近は金蝉と一緒にレストランへ行ったりしないんですか」
あくまでもさり気なく、そう尋ねてみる。
一瞬にして悟空のリズミカルだった包丁の音が途切れた。
しばしの沈黙の後。
「―――最近・・・・・会ってくれなくて・・・・」
悟空が寂しそうに言うのに、八戒の方も一瞬手を止める。

―――意外な言葉が返って来た事にまた驚かされる。
悟空には申し訳ないが婚約者と上手く行っていないというこの現実は、こちらにとっては好都合だ。
それならば路線変更とばかりに単刀直入に、八戒は悟空に聞いてみる事にした。
「金蝉が冷たいって事ですか。・・・・でも、悟空は金蝉の事好きなんでしょう?」
「うん、大好き」
悟空が満面の笑みで間髪入れずに答えるのに少々面食らうが、めげずに質問を続けてみた。
「じゃあ、三蔵の事はどうですか。好きですか」
突然聞かれて、少し考えてから俯き加減で悟空が答える。
「うん、大好き」
これには正直、困ってしまった。
両方とも大好きだと、その愛らしい口が告げて来る。
満面の笑みで言う「大好き」と俯き加減で言う「大好き」には悟空の中で違いはあるのか、と思わず問い詰めてみたくなるような、そんな気分だ。

―――分かりませんねぇ・・・・。

八戒が頭の中で試行錯誤しつつも手はしっかりと動かしていた為に、予想外に早く下ごしらえは完了してしまった。
切り終えた肉をまず炒め、その後に野菜も入れて炒める。
程よく炒められたところで水とデミグラスソース、調味料を入れ後は煮込むだけとなった。
本来はまだ時間が早い事もあり下ごしらえだけで煮込むのはもう少し後にしようと思っていた八戒だったが、悟空の「腹減っちゃった・・・・」の一言で夕食の時間を早める事にし火を点けた。

―――シチューの方はこれでOKである。
今まで掛けていたエプロンを外し、臨戦態勢に臨んだ。
「悟空、ここで野菜が煮崩れないよう、少しの間だけ見ててもらえます?」
そう告げて悟空をここに足止めさせたのは、勿論策略があっての事。
丁度コーヒーを淹れにこちらへやって来た悟浄にすれ違いざまに八戒が耳打ちする。
「・・・・・どうです?三蔵の本心、聞き出せました?」
首を横に振り溜息を付いた悟浄が呟く様に答えるその声には、疲労感が滲んでいた。
「話になんねー。向こうの方が一枚も二枚も上手だわ」
「じゃ、悟浄は悟空の相手をしていてあげて下さい」
そう言いつつ八戒は悟浄にエプロンを渡し、悟浄はそれを受け取った。
エプロンはバトンの代わりといったところか。
―――選手交代である。
「悟空の方は聞き出せたのかよ」
悟浄の言葉に八戒が僅かに眉を顰めた。
「それが・・・・・どっちも大好きなんだそうです」
その言葉にヒューッと小さく口笛を鳴らすと悟浄はそのままキッチンへと消えて行き。
八戒はその碧眼に強い意志を乗せてリビングへと歩みを進めた。

リビングには相も変わらず不機嫌そうに煙草を咥える三蔵の姿がある。
悟浄の代わりに持って来たサーバーからテーブルに置かれた三蔵のカップにコーヒーを注ぎつつ。
「―――三蔵。さっきの悟浄の質問なんですけど」
そう切り出してみた。
一体何を企んでいるのかと。
そんな視線が八戒の碧眼を射抜いて来る。
「しつけぇな」
三蔵が吐き捨てるように言うのを見て八戒が施した笑み。
しかし、その瞳は笑っていない。
「はい。それ、僕の長所なんで」
「短所の間違いだろう」
「・・・・・僕は悟浄と違って優しくありませんから。―――質問を変えてお聞きしますから、ちゃんと答えて下さいね」
真摯な顔で八戒に言われ、三蔵の紫暗が陰りを帯びた。
相手が八戒ともなると先程の悟浄の様に軽くあしらうことが無理なのは目に見えていて。
『そちらも真面目に答えてもらわなければ困る』
先程の八戒の言葉には言外にそんな意味合いも含まれているように三蔵には思われた。

「・・・・もし、悟空が婚約者のいない状態で貴方の前に現れていたとしたら・・・・悟空を恋愛対象として見ていましたか」

ゆっくりと、しかしいつもよりも幾分強いその口調が、決して揶揄してこんな事を聞いているのではないと、その真剣さを伝えてくる。
「・・・・愚問だな」
煙草の灰を灰皿に落としてから、三蔵が続けた言葉には。
幾分か自身の気持ちの揺れが現われているように八戒には感じられたのだが、実際にはどうだったのか。
なお告げられた言葉に耳を傾けながら、八戒はその一言一句を噛み締めつつ聞き役に回る。
「婚約者がいなければあいつはバイトなどしていない。あいつがバイトを始めたのは結婚資金を貯める為なんだからな。もしそうであれば俺と会う事も無かっただろう」
自分の吐き出した煙が真っ直ぐに天井へと上昇していく。
その様を見つめながら。
三蔵が静かに発した言葉には。
今までの想いのすべてが込められているようで。

「―――その方が良かったかも知れん」

ほんの僅か、つらそうに三蔵が言うのに八戒がはっと顔を上げた。
「・・・・・貴方、いつから自分の気持ちに気付いていたんですか」
「どうだかな」
小さく呟いてその紫暗がを伏せられるのを八戒は見つめ続けた。
キッチンの方からは悟空の楽しそうな笑い声が聞こえて来る。
僅かに心痛を覚えた八戒もまた、三蔵に返す言葉が見つからずにそっと目を伏せた。