『それぞれのバレンタイン』









リビングのテーブルの上に置かれたダンボール箱に興味津々と悟空が覗き込んで来る。
バレンタインの意味は当然知っていたから、三蔵ってもてるんだねと嫌味でも何でもなくそう告げてみた。チョコの入った箱を一つずつ取り出しては物珍しげに眺める悟空の様子に目を細めつつ切り返す。

「ソレのほとんどは義理だろう。・・・・ったく、菓子メーカーの策略に乗せられた馬鹿ばっかりだな」
「そうでもないかも知れないよ?これなんか思いっきり本命だって訴えてんじゃん」

言いつつ悟空が取り出して三蔵の顔の前に突き出した箱は、玉蘭から渡された例のピンクのリボンで飾られた特大のチョコレートの入った箱だ。よりにもよってそれを選んで取り出して来るあたり、悟空が分かってやっているのではないかと疑いたくなるほどに一発でそれを取り出して来た。
そんなものは見たくないもないと言いたげに三蔵は視線を外し身を翻すと煙草を箱から取り出しそれを咥える。

悟空はちらりと三蔵の表情を伺って小さく笑みを漏らした。実はこのダンボールの箱をリビングに持って来たのは三蔵ではなく悟空だったのだ。
三蔵が帰宅したのは今からほんの十分前の話。
自分で鍵を開けて入って来たようでチャイムが鳴る事がなかった事自体、普段と違う行為だった。

・・・・・何かある。

そう感付いた悟空が玄関に居る筈の三蔵の姿を探したが見当たらない。その姿を金目で追えば行き着いた先は三蔵以外には滅多に入る事のない書斎だった。そこにダンボールの箱を置いて部屋を出ようとした三蔵に「何、それ?」と声を掛けたのが悟空だった。
多分にこの箱の中身を見たらあまりいい気はしないのではかなろうかと三蔵は悟空に対し気を使ってそうしたか、もしくはコレを見られるのがとてつもなく照れ臭かったかどちらかだろうと思われた。意外にもそういった一面も持ち合わせているのだ、この人は。

いまだ大量のチョコを一枚一枚箱から取り出しそれを眺めつつ、悟空は三蔵に愛くるしい表情そのままに尋ねて来る。

「こんなに沢山貰っちゃったんじゃチョコレートはもう見たくもないでしょ」

それならこんなのはどうかな、とそう言いつつ悟空の差し出したもの。
それを見た瞬間に三蔵の瞳が瞬時に訝しげに細められた。
縦約十センチ、横は八センチはあるだろうか。革製二つ折りの黒い手帳だ。それを縦に開いてみれば上部に顔写真や階級、名前を印刷したプラスチックカードが入っており、下部には「POLICE」と記された記章が付いている。まさしくそれは・・・。

「・・・警察手帳じゃねぇか」
「そうだよ。一日捜査員、やってみる気ないかな、と思って」
「あ・・・・?」

―――事の起こりは、数日前。
悟空は三蔵に尋ねてみた。
甘い物の苦手な人だったから、バレンタインに何が欲しいかと。
その時の答えがこれ。

『物はいらねぇ。・・・・・そうだな、思い切り銃を打ち込んでみてぇな』

三蔵の言い分はこうだった。治安の悪い都心部に限りこの国では護身用の銃の所持が認められている。しかし所持を認可される迄の手続きがとにかく困難を極めており、誰でも銃を所持出来る環境ではなかった。身元を証明する書類を筆頭に膨大な書類を提出し行政に認められて初めて認可が下りる。それは当然護身用以外の目的で銃を手に入れようと企む人間を排除する目的があっての事だろうが。
そんな苦労をして手に入れた銃であるのにも関わらずそれの扱いに慣れる為の練習場が周囲にない。これでは現実にもし暴漢に襲われたとしても太刀打ち出来る実力など付く筈もない。だから思う存分射撃の練習の出来る場所へ行きたいとそう言うのだ。

これには悟空も正直参った。
そんな場所がこの国の何処に存在するやら、見当も付かない。
で、思い付いたのが警視庁の管轄する射撃場だ。
そこなら思う存分に射撃の練習が出来るだろう、と。
悟空の手から渡された警察手帳をしばらく見つめた後で、口の端を吊り上げて囁かれた言葉に悟空がにこりと笑みを乗せた。

「面白そうじゃねぇか」

―――思ったとおりだ。やっぱり三蔵、乗って来た。

予想通りの展開に浮き足つ気分を抑えつつ立ち上がると悟空はリビングのドアに手を掛けた。
何処へ行くのかと視線を送って来る三蔵に笑顔を返した後で、身を翻しリビングを抜け電話の置かれている寝室に向かった。そして寝室に入るなり受話器を取り、慣れた手付きでダイヤルを回す。
二回コールしたところで相手が「はい」と小さな声で電話に出た。

「こっちはOKだよ。そっちはどう?」
『・・・・ただ今交渉中』

自分の質問に対し短く返って来たその声は本当に自分にそっくりだと悟空はそう思う。その愛らしい声に思わず口元に微笑みを乗せつつ二、三言葉を交わした後で相手が電話を切ったのを確認してから、悟空は静かに受話器を置いた。