黄金色の瞳が、眩しそうに見据えたもの。
それは斜め前方に位置する大木の、色づき始めた葉の間からかいま見える―――太陽。
その日差しに心地良い温もりを感じるようになったのは、秋が深まった証拠であり。
たった今悟空の身体を揺らしているものは、公園の隅にあるブランコ。
秋の澄み切った空に少しでも近付きたくて、立って思い切りそれを漕いでみた。
漕いでいる足のリズムはそのままに前方に視線を移せば。
遠方の砂場で3、4歳の子供が母親とともに砂の山を作っているのが視界に入る。
その微笑ましい光景と自分の今の格好があまりにも不釣合いで思わず苦笑が漏れるのも、無理のない話。
『所懐』
―――白いシャツに、黒のスーツ。
いわゆる喪に服する出で立ち。
ブランコが揺れる度、微かに鼻孔を擽るのは服に染み付いた線香の匂い。
つい先程まで告別式に参加し、故人との別離を済ませて来たところで。
最期の別れを済ませた相手は、自宅の近所に住む中年の男性。
まだ寿命を全うしたとは言い難いその年齢。
優しく、温和な人だった。
都心で働き出し一人暮らしを始めてからというもの、すっかり家に寄り付かなくなった自分の息子と悟空を重ねているようで、まるで実の息子のように可愛がってくれていた人だ。
その死に関して悟空が心を痛めたのは当然であったが、悟空が最も切なさを感じたのは、それではなく。
故人を見送った時の、その妻の姿―――。
『何故私を置いていくのか』
『何故ともに連れて行ってはくれないのか』と。
式の初めから終わりまで、一粒の涙さえ見せずに一環して気丈に振るまっていた妻が、最期の最期、別れを告げるその瞬間に呟いた言葉が耳から離れずに今も頭の片隅に残っている。
もしも、自分が。
一生を掛けて添い遂げようと思っている人に突然置いていかれてしまったら。
自分は何を思うのだろう。
あの奥さんのように気丈に振舞える自信は、自分にはない。
ブランコを止めて。
何処までも蒼く雲一つない空に向かい息を吐く。
どんなに信頼しあっている夫婦にも。
どんなに思いあっている親子にも。
幼い頃から共に暮らして来た兄弟にも。
別離は必ず訪れる。
先に逝く者の方が、幸せであるのかも知れない。
愛する者達に見守られ、旅立てるのだから。
それなら、残された者は。
その後の人生をどうやって生きていったらいいのだろう。
愛する人を、失ったままで―――。
「悟空」
呼ばれて顔をあげれば、見慣れた顔がそこにある。
その顔を見た途端、目尻に温かなものが溜まっていくのを実感した。
自分と同じ黒のスーツを身に纏ったその人は、溜息を付きつつその金晴眼を紫暗に留めている。
「喪主の奥さんが泣いてねぇのにてめぇが涙溜めてどうすんだよ」
告げた後で、スーツの内ポケットから取り出したものは、煙草のケース。
器用な手付きで片手でそこから一本取り出し、口に咥えた。
その仕草を見届けてから自分の右手で涙を拭う。
温かなそれに触れて、自分が確実に生きている事を実感した。
そして、目の前のこの人も今、自分の側で確かに生きてくれている。
すとっと音を立て、両脚を揃えてブランコから降りた次の瞬間。
三蔵の口元にある煙草を悟空がすっと取り上げた。
「最近、ちょっと吸い過ぎ」
呟いて足元にその煙草を落とし、軽くきゅっと踏み付けた。
何しやがる、と訴えて来るその視線は無視する事にして。
「早死にされて、若くして未亡人になるのはごめんだからね」
告げられた言葉に、三蔵の口角が僅かに上がった。
突然に斎場から姿を消した悟空が気掛かりで、自分も式を抜け打出しこの周辺を探し回った。
悟空の姿を見つけたその瞬間、柄にもなく安堵したものだったが。
声を掛けようとした―――その刹那。
今まで一度も目にした事のないような沈痛なその表情に、声を掛けるのを一度躊躇った。
そんなこちらの戸惑いなど気付いてはいないだろう、と自分の横を通り過ぎるその存在に紫暗を向けて。
「未亡人になったらもててしょうがねぇんじゃねぇか。男はその単語に相当な色気を感じるらしいからな」
「・・・・・ばっか」
呆れ果てたように、悟空が振り返らずに囁いた。
それでもその顔に少しずつ普段の見慣れた笑顔が戻って来たその事実にほっとしている自分が居る事も、また事実で。
「―――心配するな」
数歩先を歩く悟空に掛けられた言葉に、その足が止まる。
振り返る間もなく告げられた、次の言葉。
「そんなに残されるのが嫌なら・・・・・・一緒に連れてってやる」
言い終わった瞬間に、自分を追い抜き先を進むその広い背中に視線を留めると同時に。
これはもうほとんど無意識に、そのスーツの袖をそっと掴んだ。
「・・・・・絶対だよ」
聞こえるか聞こえないかのか弱い声で、けれどしっかりとささやかれたその台詞は、届いて欲しい相手の心に届いていたようで。
瞬時に掴まれその腕に通された華奢な手は、振り解かれる事はなかったと言う。
何だかしんみりしちゃってすみません。
先日、子供の友達が家に遊びに来てくれました。
で、夕方になりその友達のママさんが
お迎えに来たんですね。その姿にびっくり。喪服着てたんです。
これから近所で亡くなられた方のお通夜とかで。
その時浮かんでしまったSSです。
何でもネタに結び付けるあたりは自分でも呆れてます(笑)。
『所懐』の意味、ご存知ない方もいらっしゃるかな?
「心に思う事」という意味らしいですね。
今回は悟空の、告別式を通して
「心に思った事」を書いてみました。